2010年11月28日

更生?

裁判員裁判による少年への死刑判決が話題になってます。
意見を求められた専門家のよくある台詞が
「少年の更生可能性を〜」
言ってみれば
彼らはこれから真人間になるかも知れないのだから
遺族感情や処罰感情といった感情面を優先させての死刑判決の風潮に待ったをかけたいのでしょう。
それが少年法の趣旨でもあるそうです。

これらの意見は意見として、彼らの言う
「更生」
ってなんでしょう?
社会復帰?協調性の習得?
でも別に人並みな社会生活を送る能力を身につけること「だけ」じゃないはずです。

「更生」とは起こしてしまった事件と真摯に向き合い、
人間として「生まれ更る」ことじゃないんでしょうか。
その意味で、起こしてしまった事件に対して
社会的責任をきちっと自分で取るという自覚は必須のものなんじゃないでしょうか。

死刑判決はたしかに重いものです。
しかし、その重大な判決を受け取って、残された自分の生と向き合うことで
はじめて「更生」出来るということもあるんじゃないでしょうか。
死刑判決が出たからといって、その瞬間足下が落ちて絞首刑になるわけじゃありません。
死刑判決を受けることで、
初めて切迫性をもって自ら罪と向き合えるということもあるんじゃないでしょうか。
そしてその結果、たとえ死刑執行までの限られた期間だとしても
「人間」として生き死んでいけることが出来るようになるのなら
それは「更生」出来たということなんじゃないでしょうか。


勿論私は自分で死刑判決を受けたことも下したこともありません。
しかし人を「更生」させるのは、本人の自覚でしかないことは良く解っているつもりです。
だからこそ本人の「更生」のためにも
信念をもって死刑を下すときは下すべきじゃないか。
死刑にすべきところを「更生可能性」をもって無期刑に減刑するのは
本人を罪から遠ざけるだけなんじゃないか。

私はそう思います。
posted by ○もと at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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